2016年5月17日火曜日

動物園が預かっているのは「いのち」。だから「死」をはっきり伝える。

 昔、日本の飼育下で最年長のカンゾーという雄で30歳のホッキョクグマがいました。とても威厳のある大きな熊でしたが、年老いて内蔵機能の衰えから新陳代謝が低下し、腐敗した老廃物にウジがたかるほどになってしまいました。私たちは、彼らしい尊厳を持った死とは何か、どういう終わり方をさせてあげられるのか考えました。こういう時、安楽死も選択肢に入れます。絶対にやらない動物園もあるので、これは旭山動物園の考え方です。カンゾーは、間もなく自然死を迎えられましたが、目も開かない、耳も聞こえないのに、死ぬ前日まで外へ出せという動作をしていました。生きるというのは、生きているから生きるのであって、科学や医学や理屈ではないことをつくづく感じました。
 そして、どの生き物も必ず命を終えます。その死に対する、旭山動物園独自のやり方の一つに、動物の死を伝えています。動物園は楽しい場所というイメージなので、動物の赤ちゃんが生まれたり、新しい動物がやって来ることは伝えま
すが、珍しい動物以外の死を公表することはタブーでした。
 でも私たちは、その動物の歴史や最期を知っているわけです。生だけでなく死もきちんと伝えようと、五年程前から喪中と書かれた紙を檻の前に貼り始めました。お客さんからは、何故わざわざ貼るのかと苦情が来ますし、関係者の間でも賛否が激論されました。でも私たちが預かっているのは命です。人間のエゴで作った動物園という狭い場所に命を閉じ込め、楽しませてもらったのですから、少なくともその命、その死に対してありがとうと思わなければいけないですよね。だから私たちは、この死を伝えることを止める気はありません。伝えなければいけない大事なことですから。
 今は、老いていく過程が見えづらい社会です。その中で、どうやって命を繋いでいくのか考えなければいけないと思います。
 そういう意味でも、動物園は単発で見に来るところではなく、命を見続ける役割のある場所だと思っています。例えばキリンが生きられるのは約20年。幼稚園の頃に見たキリンは、社会人になる頃には亡くなります。成長するにつれ、キリンの見え方はどんどん変わっていくでしょう。その中である日命がいなくなってしまうことを心で感じれられる場が動物園だと思います。ですから、身近な動物園があれば是非、通い続けてみてください。そこで、命やいろいろな生き物を大切に思う気持ちを感じていただきたいと思います。
 そういう気持ちを少しでも持つことができれば日常は変わるでしょうし、未来も必ず変わると思います。

坂東 元 (旭川市旭山動物園園長、獣医師)
(五井平和財団主催「講演会シリーズ:21世紀の価値観」/「伝えるのはいのちの輝き」より)



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